「基本の原価管理術」(14の術)やってはいけない原価管理

2018.05.19

14の術:やってはいけない原価管理
 
なぜ、建設会社には工事別に原価を管理することが法律で定められているのでしょうか。
それは、そうしないと、建設会社の経営内容が把握できないからです。
建設工事は完成まで時間がかかります。
ダム工事ともなると10年、いや数十年もかかる場合もあります。
その反面、数日で終わってしまう工事もあります。
これらの工事を一括して管理することはとうてい無理です。
それゆえ日本国政府は、個別工事毎に原価を管理して的確な決算を行い、その妥当性を見極めることが必要と判断したのです。
 
ところが建設業界は、この政府判断を重く受け止めてはいませんでした。
私が在籍していた建設会社は大手でしたが、同様でした。
赤字工事が出そうになると、その工事の原価を別の工事に付け替えることが横行していたのです。
もちろん、経営者が命令したわけではありません。
ここが日本の“おもしろい”ところです。
実は誰も命令していないのです。
それなのに自然とこのような不正が起きてしまうのです。
最近の言葉で言うと「忖度(そんたく)」が働くのです。
もちろん、その伏線はあります。
社長は各役員に、各役員は傘下の管理職に「利益を出せ」と厳命します。
それは当然ですし、そのこと自体は違法ではありません。
問題はその先です。
 
厳命された管理職は自分の傘下の工事責任者に、同様に「利益を出せ」と命令します。
しかし、各工事の原価構造は一律ではありません。
受注の経緯も様々です。
赤字覚悟で無理して受注した工事もあります。
そもそも一律に「利益を出せ」ということ自体に無理があります。
だが、上からの命令は絶対です。板挟みになった工事責任者はどうしたら良いでしょうか。
有力な協力会社を抱えている者は、「後で面倒見るから」と、かなり無責任な依頼(強制?)で原価を下げるでしょうが、それには限度があります。
そうなると、上司に泣きつき、他の現場に原価の一部を負担してもらう、あるいは仲間の相互助け合いで「今回は、頼む」と、余裕のある現場に原価の付け替えを頼むというようなことが行われていたのです。
 
しかし、別の工事へ原価を付け替えることは明確な違法行為です。
私が在籍していた会社に、ある時、強力な税務調査が入りました。
税務署は「建設業特別チーム」と思われる陣容で会社に乗り込んできました。
徹底的に工事毎の原価が調べ上げられ、発覚した原価付け替えは全て原価否認されました。
どういうことかと言うと、A工事の原価10万円をB工事の原価として付け替えた場合、B工事の原価としては認められなくなります(これは当然)。
それだけではなく、A工事の原価に戻すことも認めないのです。
そうなると、この原価10万円は、原価ではなく「利益」となってしまいます。
しかも「悪質な利益隠し」として重加算税が課せられた結果、推定30億円の追徴課税をくらったのです。
「やってはいけない原価管理」、お分かりになりましたか。