第6回:地方経済の再生 (前編)
2011.01.10
今回は、前回(第5回:地方経済のゆくえ)で予告した「地方経済の再生」についての話をする。
各地方自治体、というより自治体首長に言いたいのは、「人口を増やす施策」の実施である。
しかし、国の総人口が減少する中では、自然増は望めない。
つまりは、「他の町から人」を奪い取る施策ということになる。
あるいは、「他の町と連携して、他の地方から人を奪い取る施策」である。
えげつないと言われるであろうが、別に人さらいの勧めではない。
もっと多面的に考えて欲しい。
その具体策が問題だが、2つの要素の実行が不可欠である。
その第一は、税金や公共料金を安くして、しかし、サービスを充実させる行政を造ることである。
「そんなことをすれば、地方財政は大赤字になる」と、すぐに反論が出るであろう。
その通りである。今の行政の構造、政策執行の仕組みのままでは大赤字になる。
「みろ、出来っこないだろう!」との嘲笑いさえ聞こえてきそうである。
ならば、行政の構造、政策執行の仕組みを変えればよいのである。
こんなことは首長の決断一つで出来る。
議会や役所の図体および給与体系を極小まで縮小し、かつ、わが町のために働きたい人たちに入れ替えるのである。
既存組織の1/3の人は、そんな思いを持って働いていると思う。
ならば、残りの2/3を削減し、新しく1/3だけ補充すればよいのである。
大概の行政組織は、それで十分に機能する。
コストは2/3で出来るし、サービスは拡大する。
「残す1/3の選別が難しい」と言われるかもしれないが、簡単である。
給与をカットし、永久雇用はしないと言うだけでよい。自然と選別は進むであろう。
現に、幾つかの市町村で、これと似たような政策を実行し始めた首長が出てきている。
あえて名前を上げるまでもない大都市の名物首長たちなどもその表れであろう。
当然に批判の声も大きいし、彼らの政策が100%評価できるものではない。
しかし、問題提起と実行力は評価できる。
何もせず座視を決め込む首長こそ、糾弾されるべきではないか。
その上で、このような行政組織に残った公務員および新たに加わった人は、今までの2倍は働かなくてはならない。
「給与は下がるは、働きは2倍になるは、ではたまったもんじゃない」と愚痴をこぼす人は、そもそも不要なのである。
「町が発展していけば、自分の給与も上げられる」と、心から思えて、働ける人が真の公務員なのである。
さて、こうなると、官公労の支援を受けている民主党政権が、このような地方行政を評価し、支援出来るかという問題が残る。
それは、国民が判断すべき問題だが、大事な観点がある。
一人ひとりの立場で考えると、「国民」という目線は、どうにも実感がない。
国と個人は遠すぎるである。
ならば、国政選挙においても、「国民目線」は捨てて、「市民目線」で投票先を考えればよいのである。
ずっと、実感を持った選択が出来るであろう。
次の選挙が楽しみである。
しかし、税金や公共料金が安くて、サービスが充実しているだけでは良い町にはならない。
そこで、第二の要素が必要になる。それは、楽しさの演出である。
そのためには、地方の首長は、エンタティナーでなければならない。
よく考えてみれば分かることだ。
20年ぐらい前から芸能人が首長に当選することが起きている。
また、芸能人ではないが、TVで人気を博した弁護士や言動が突飛な政治家が大量得票で当選することが起きているではないか。
「素人に何が出来る」と不快に思う人もいるだろう。
しかし、「なぜ、彼らが当選」というより、「なぜ、選挙民は彼らを選んだか」が重要なのである。
知名度もあるだろうが、それだけではない。
既存の政治に対する閉塞感と同時に、楽しさを感じたはずである。
また、彼らは期待にたがわず、楽しい政策をしてくれるのである。
「良し悪しは問わずに」と言っておこう。これも重要なキーワードだからである。
思い起こせば、小泉旋風が巻き起こった時の国政もそうであった。
時の小泉首相はプロの政治家であるが、芸能人バリに面白い首相だったのである。
彼の政策はどうあれ、国民は面白さに酔い、期待したのである。
現状の打破をである。
しかし、それに続く首相がまずかった。
真面目だったかもしれないが、面白さを微塵も感じない人ばかりが続いた。
麻生さんが少しは面白かったが、小泉さんのように開き直れなかった。
「漢字なんぞ読めんでも、首相は出来る!」とでも言えば面白かったのに、である。
国政ですらこうである。もっと身近な地方行政は、もっと身近な面白さが必要である。
大阪や名古屋が面白くなってきた、と感じる人は多いであろう。
何度も断っておくが、「良い悪い」ではない。
「面白いか、面白くないか」である。
鹿児島の阿久根市の名物(問題?)市長が、意外なほど市民の支持を得ている記事に驚いた方も多いであろう。
これも、面白さを求める民意なのである。
さて、地方行政に必要なこれらの要素は、実は、これからの企業経営に必須の要素なのである。
次回は、この話をしよう。
各地方自治体、というより自治体首長に言いたいのは、「人口を増やす施策」の実施である。
しかし、国の総人口が減少する中では、自然増は望めない。
つまりは、「他の町から人」を奪い取る施策ということになる。
あるいは、「他の町と連携して、他の地方から人を奪い取る施策」である。
えげつないと言われるであろうが、別に人さらいの勧めではない。
もっと多面的に考えて欲しい。
その具体策が問題だが、2つの要素の実行が不可欠である。
その第一は、税金や公共料金を安くして、しかし、サービスを充実させる行政を造ることである。
「そんなことをすれば、地方財政は大赤字になる」と、すぐに反論が出るであろう。
その通りである。今の行政の構造、政策執行の仕組みのままでは大赤字になる。
「みろ、出来っこないだろう!」との嘲笑いさえ聞こえてきそうである。
ならば、行政の構造、政策執行の仕組みを変えればよいのである。
こんなことは首長の決断一つで出来る。
議会や役所の図体および給与体系を極小まで縮小し、かつ、わが町のために働きたい人たちに入れ替えるのである。
既存組織の1/3の人は、そんな思いを持って働いていると思う。
ならば、残りの2/3を削減し、新しく1/3だけ補充すればよいのである。
大概の行政組織は、それで十分に機能する。
コストは2/3で出来るし、サービスは拡大する。
「残す1/3の選別が難しい」と言われるかもしれないが、簡単である。
給与をカットし、永久雇用はしないと言うだけでよい。自然と選別は進むであろう。
現に、幾つかの市町村で、これと似たような政策を実行し始めた首長が出てきている。
あえて名前を上げるまでもない大都市の名物首長たちなどもその表れであろう。
当然に批判の声も大きいし、彼らの政策が100%評価できるものではない。
しかし、問題提起と実行力は評価できる。
何もせず座視を決め込む首長こそ、糾弾されるべきではないか。
その上で、このような行政組織に残った公務員および新たに加わった人は、今までの2倍は働かなくてはならない。
「給与は下がるは、働きは2倍になるは、ではたまったもんじゃない」と愚痴をこぼす人は、そもそも不要なのである。
「町が発展していけば、自分の給与も上げられる」と、心から思えて、働ける人が真の公務員なのである。
さて、こうなると、官公労の支援を受けている民主党政権が、このような地方行政を評価し、支援出来るかという問題が残る。
それは、国民が判断すべき問題だが、大事な観点がある。
一人ひとりの立場で考えると、「国民」という目線は、どうにも実感がない。
国と個人は遠すぎるである。
ならば、国政選挙においても、「国民目線」は捨てて、「市民目線」で投票先を考えればよいのである。
ずっと、実感を持った選択が出来るであろう。
次の選挙が楽しみである。
しかし、税金や公共料金が安くて、サービスが充実しているだけでは良い町にはならない。
そこで、第二の要素が必要になる。それは、楽しさの演出である。
そのためには、地方の首長は、エンタティナーでなければならない。
よく考えてみれば分かることだ。
20年ぐらい前から芸能人が首長に当選することが起きている。
また、芸能人ではないが、TVで人気を博した弁護士や言動が突飛な政治家が大量得票で当選することが起きているではないか。
「素人に何が出来る」と不快に思う人もいるだろう。
しかし、「なぜ、彼らが当選」というより、「なぜ、選挙民は彼らを選んだか」が重要なのである。
知名度もあるだろうが、それだけではない。
既存の政治に対する閉塞感と同時に、楽しさを感じたはずである。
また、彼らは期待にたがわず、楽しい政策をしてくれるのである。
「良し悪しは問わずに」と言っておこう。これも重要なキーワードだからである。
思い起こせば、小泉旋風が巻き起こった時の国政もそうであった。
時の小泉首相はプロの政治家であるが、芸能人バリに面白い首相だったのである。
彼の政策はどうあれ、国民は面白さに酔い、期待したのである。
現状の打破をである。
しかし、それに続く首相がまずかった。
真面目だったかもしれないが、面白さを微塵も感じない人ばかりが続いた。
麻生さんが少しは面白かったが、小泉さんのように開き直れなかった。
「漢字なんぞ読めんでも、首相は出来る!」とでも言えば面白かったのに、である。
国政ですらこうである。もっと身近な地方行政は、もっと身近な面白さが必要である。
大阪や名古屋が面白くなってきた、と感じる人は多いであろう。
何度も断っておくが、「良い悪い」ではない。
「面白いか、面白くないか」である。
鹿児島の阿久根市の名物(問題?)市長が、意外なほど市民の支持を得ている記事に驚いた方も多いであろう。
これも、面白さを求める民意なのである。
さて、地方行政に必要なこれらの要素は、実は、これからの企業経営に必須の要素なのである。
次回は、この話をしよう。