第4回:建設産業、次の世界は?

2010.05.20

21年度の年間建設投資額が41兆6866億円に終わったと、国交省が発表した。
文字通り、ピーク時の半分である。一方、同じ国内消費型産業である外食産業は30兆円を超えたといわれる。
我が建設産業が、外食産業以下になる日が現実になるのであろうか。
暗澹たる比較といわざるを得ない。

このままでは産業が崩壊する。

だから、公共工事予算を増やせという声が建設業界には強い。
参院選挙で苦戦が伝えられる民主党は、この声に応えて地方票の取り込みを図ってくるであろう。
このことが是か非かをここで論じても意味はない。
答えは、選挙結果に出てくるし、選挙後の政策にも出てくる。
なにより市場の反応で分かるからである。

さて、当シリーズ4回目の今回は、予告どおり、「今を嘆く」のではなく、「次の階段を登った先の世界を論じてみる」をお送りする。
ただし、未来のことゆえ、「当らぬも八卦」をご勘弁願いたい。

かって、政府(自民党政府)は、「2012年度にプライマリーバランスを均衡させる」と声高に言っていた。つまり、国債の発行と償還を除いた収入(税収)と支出(予算)をトントンにするということである。
これは、政権の目標というより、財務省の目標であった。
この頃、付き合いのある財務官僚はこんなことを言っていた。
「とにかく、いったんはプライマリーバランスを均衡させて財務省の面子を立てさえすれば、後は、予算の大盤振る舞いも可能になるのだが・・」

この言葉が本当かどうかは、今となってはどうでもよくなってしまった。
2012年度は間近であるが、プライマリーバランスどころではない。
国家支出は膨れ上がり、税収の倍を軽く超えてしまった。

もはや財務省がどうこう出来る話ではなくなってしまったようである。
くだんの官僚は、今は退任されているが、「こうなったのも、国民が選択した結果だから、このつけは国民が被るしかないよ」と言っていた。

というわけで、建設産業の次の世界は、公共工事がけん引する世界ではなさそうである。
となると、民間需要が先に立ち、その結果を受けて、民間需要をさらに伸ばすのに必要な公共工事が起きるという図式が考えられる。
このことは、東京では現実化している世界である。
公共が多大な投資を行った湾岸再開発は全くの不発であるが、民間主導の大型再開発は、ある程度の確率で成功といえるであろう。

問題は、このような起爆剤としての民間資本を持たない地方である。
どうやって資本を作るか、あるいは呼び込むか。
それとも、資本の論理から離れ、つつましく(カネの面では貧しくとも)、静かな暮らしの確立を目指すのか。
そう、各地方の知恵比べの時代が来るのではないかと思う。
当然、どんな形態にしろ、人が住み、暮らしを営む以上、建設産業の役割はあるし、重要な要素である。

ただし、かってのように、東京の暮らしをモデルとした画一的なインフラ整備の考えではダメであろう。
「○○銀座」などという商店街は消えていかざるを得ないのである。

つまり、理想のモデルをどこかに求める姿勢ではダメなのである。
「わが街」「わが地域」、また、「わが家」といった個別のニーズが顕著になるのが次の時代であろう。
そのような時代になると、建設企業は「この街で生きる」か「この街とあの街にまたがって生きる」、あるいは、「この範囲を市場としてカバーして生きる」とかの、様々な生き方が求められてくる。
他社のマネでは通用しないであろう。それを「しんどい」と思うか、「チャンス到来」と思うか。経営の考え次第である。


「地域主権」とか「地方の時代」とか言われて久しいが、地方の建設会社は、自分たちの時代が来ると、安易に考えてはいけない。
どの地方も画一化が許されない時代が来るということである。
その中で生きる建設会社も、画一的な生き方が出来なくなる。
「どう生きているか」を市場に評価される時代が来るということである。
では、その世界にどうやって到達するのか。それは、また。