第16回:土星の輪と新撰組
2009.04.24
また、わけの分からん題名が登場したと思ったのではないかな。
「土星の輪」と「新撰組」
全く無関係に思える両者の共通点とは何か?
これが、今回の稽古じゃ。
さて、道場にいくか。
「土星の輪」を知らん者はいないだろうな。
いたら、ほんとのアホじゃ!
では、実際に自分の目(といっても望遠鏡でだが)で見た者は?
半分も手が上がらないようじゃな。
そんなものかな。
まあ、でも、見たことがない者でも、土星の輪の存在を疑う者はおらんじゃろ。
「常識」というやつだな。
だが、本道場で学んでいる者は、簡単に「常識だよ」などとは言わんだろうな。
よし、それでこそ、本道場の猛者だ!
ギリシャの時代から「土星」の存在は知られていた。
だが、輪の存在は、17世紀初頭、ガリレオが望遠鏡で発見するまで知られていなかった。
つまり、この時までは、土星の輪は「常識」ではなかったのである。
もっとも、ガリレオは、輪ではなく、「コブがある」と言っていたようであるが。
彼の手作り望遠鏡では、輪として見えなかったのであろう。
(ガリレオ・ガリレイ)
さてさて、問題はここからである。
輪の存在が公式に認められると、大きな疑問が論争の的になった。
「なぜ、土星に輪があるのか」である。
その後、次々と惑星が発見するに及び、論争の内容が変わってきた。
「なぜ、土星にだけ輪があるのか」と。
多くの学者がいろいろな説を唱えたが、どれも決め手に欠けた。
それは、つい近年になるまで、なんと280年も解けない謎であった。
だが、1980年、ついにその疑問が解ける日が来た。
その解答は、まったく誰もが思いつかないものだった。
それは、「土星だけに輪があるのではない」という解答だった。
つまり、木星にも、天王星にも、海王星にも輪があったのだ。
「大きなガス体の惑星には輪がある」のが常識だったのだ。
だれが、この答えを発見したのか。
天文に興味がある者なら、当然答えられよう。
そう、「ボイジャー」である。
米国が1977年に打ち上げた惑星探査機なのだ。
ボイジャー1号、2号の2機の惑星探査機が証拠写真を、
はるか遠方より送ってきたのだ。
(ボイジャー2号)
ここから、一つの教訓が得られた。
難問と思われる「?」も、見方を180度変えてみれば、
「なんだ、そんなこと!」になる。
いわゆる、「コロンブスの卵」だ。
土星の輪も、他の惑星の観測から、その答えが出た。
さて、これで終わったのでは、脳内道場ではない。
これからが本稽古であるぞ。
では、新撰組が土星の輪の話とどうつながってくるのか?
ヒントは、コロンブスの卵にある。
ここで分かったら、免許皆伝をやってもよいぞ。
うん・・ どうかな!
・・・
分からんだろうね。
じゃ、次に行こう。
幕末の新撰組のことを知らぬ日本人はいないであろう。
では、どのような理由で新撰組は生まれたのか?
え~と・・・ そこの君、答えてみたまえ。あんたじゃよ。
うん? ・・そうだ。
「14代将軍、家茂の上洛の護衛のため」じゃな。
君はなかなか歴史に詳しいようじゃな。
たしかに、当時の京都は物騒で、強固な護衛隊が必要であったろ。
とすると、当然、ここで次の疑問が湧いてこないか?
「旗本8万騎」と言われた幕府直轄の武士団がいるではないか、とである。
実際は2万騎ぐらいだったと言われているが、それでも大軍である。
上洛の護衛部隊など、簡単に組織できるではないか。
百姓上がりや素浪人などから募集する必要などないではないか。
さて、ここで分かったら、金一封ぐらい、あげてもよいぞ。
最初のヒント、コロンブスの卵で考えてみよ。
「土星の輪」の話のように考えてみよ。
答えは、「それしか、方法がなかった」のである。
「えっ、旗本8万騎は?」
そう・・ 旗本は、大勢いるには居た。
だが、チャンバラはおろか、刀を抜いたことさえ無い連中ばかりになっていた。
260年の太平は、侍から牙を抜いた。
事務作業ばかりになってしまい、現場作業が出来なくなっていたのである。
「将軍様の護衛だって? 敵に襲われたら、どうすんの。とんでもない」
てな具合である。
旗本による護衛隊の編成は不可能だったのである。
たとえ、形だけ整えても、本当に襲われたら万事休すなのだ。
その数年前、江戸城・桜田門の門前で、出勤途中の専務(大老)が殺されたのだ。
旗本の実力は証明されていたのである。
(ほんとに、弱っちかったのですな~)
だから、恥も外聞もなく、チャンバラに強いヤツを集めざるを得なかったのである。
どうじゃな。
この疑問も、見方を180度変えると、簡単に答えが見つかるじゃろ。
これが、「土星の輪」と「新撰組」の話の共通点なのじゃよ。
似たような例は、他にも幾らでもあるじゃろ。
見つけてきなされ。
宿題じゃ!