第14回:級長(後篇)

2009.02.01

「級長」、今流に言うと「学級委員長」の後編をお送りする。
前回(13回)をお読みでない方は、必ず、そちらを読んでからお読みください。


時代は、戦前。戦争の空気が漂いだした頃の話である。
一郎君たちの悪だくみで「級長」に選ばれてしまった成績ビリの太郎君。
案の定、さらし者の日々を送る羽目に。
ところが、その太郎君が、ある日急変。
『デキる級長』に突然変異したのだ。
いったい、何が起こったのか・・・
までで、前回は終わりました。
さて、後編の幕開けといきますか。


太郎が変わったのは、級長としての仕事だけではなかった。
成績もグングン上昇しだした。
トップの武雄君に肉薄する勢いである。
授業でも積極的に手を挙げる太郎に、先生もビックリ。
運動だけは相変わらず苦手なようであったが、
必死に取り組む気迫はすごかった。
泥まみれになっても向かっていく太郎に、クラスの者はたじたじであった。

一郎たちは、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
ぽかぽかと日の当る校舎の裏で、

秀直:「太郎、あいつ、どうしちゃったんだろう?」
勤 :「そうだな。まるで別人だぜ。 わけ分かんないよ!」
一郎:「・・・」

結局、そのまま、その学期は終わった。
級長選挙はこの1回限りで中止され、前のように担任が指名する制度に戻った。
一郎のクラスは、成績トップの武雄君が級長に指名され、元に戻った。

太郎は・・、
すっかり元に戻って、成績はビリ、授業中は手も挙げないし、
先生に指されても、「モゴモゴ・・」
ただ、誰も太郎をいじめなくなった。
それだけが違った。

ついに卒業の時が来た。
一郎は、意を決して、太郎に聞いた。
もちろん、あの時の太郎の変身ぶり、
そして、その後の、元の木阿弥に戻った太郎について。
校舎の裏で、太郎は静かに語り出した。

太郎:「君たちが、策略で僕を級長にしたことは分かっていたよ。
それは、どうでもよかったんだ。
でも、級長に選ばれた僕が成績がビリでは、クラスがバカにされるよね。
だから、一生懸命、勉強したんだ。
学級会や級長会議で話が出来ないのもマズイよね。
だから、毎夜、川原に行って、大声でしゃべる練習をしたんだ。
運動が一番困ったな。
どんなに練習しても足は遅いし、相撲も強くなれなかった。
だけど、諦めないで向かっていくと、少しは出来るようになるんだね。
少しは強くなれるんだよ。
そうやって、少し自信がついたので、なんとか級長が出来るようになったんだ。」

一郎:「じゃ、なんで、級長を辞めた後も続けなかったんだ?」
太郎:「ハハハ、続ける必要ないじゃないか」
一郎:「どうして?」
太郎:「級長じゃなくなったからだよ!」
一郎「??」

次の太郎の言葉に一郎は驚いた。そして深く感じ取ったのである。
太郎は、気負いもせず、淡々と言った。

太郎:「策略であろうが、先生の指名であろうが、
級長に選ばれたからには、級長に求められる役割をしなければならないさ。
その力がなかったら、懸命に努力して、その力を付けなきゃならないよ。
だから、級長でいる間、頑張ったんだ。
だけど、その役目が終わったら、その頑張りも終わっていいんだよ。
僕は、今の僕が一番心地良いんだ。
こうして、のんびりしているのが性にあっているんだよ。」

さて、この話はここで終わりである。だが、稽古はまだ終わりではない。
この話を総括して欲しい。

かつて、老舗企業の?代目の社長が、若くして辞任した。
経営不振の責任を取らされた格好の辞任であった。
彼は記者会見の席上でこう言った。
「僕は、なりたくて社長になったんじゃない!」
経営は水物である。
彼は、努力はしたが、結果責任だけを取らされたのかもしれない。
だが、太郎だったら、あのような発言をしただろうか。

どんな役割であれ、自分に与えられたなら、全力でその任に当たる。
好む、好まざるの問題ではない。
常に結果は問われるが、結果そのものを追っても手に入らない。
太郎のように、結果へのプロセスを自分で構築し、
実直に一つひとつの努力と小さな成果を積み重ねることが大事なのだ。
そして、どんな形であれ、役割を終えたなら、静かに自分に戻る。
これが日本人の美意識であったと思う。

あえて言うなら、葉隠武士道と言いたい。
武士道の理論体系の一つ「葉隠」には、
「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という有名な句があるが、
ここで言う「死」は「死んだ気でやれ」という意味で、
太郎の生き方だと解釈している。