第34回:原発を保有する意味とは

2012.07.20



 
リトアニア政府は6月21日、日立との原発建設事業権契約について議会の承認を得たと発表しました。
この先、この原発から電力を輸入するラトビアなど周辺国の合意および国民投票の実施など、正式契約までには幾つかのハードルがありますが、順当に行けば、日本の原発輸出第1号となる予定です。
ベトナムやトルコなど複数の国との輸出交渉も継続中です。
スリーマイル島の事故以来となる米国の新設原発にも、東芝の新型原子炉が有力候補にあがっています。
これから原発保有国はかなり増えていくと思われます。
ドイツは脱原発に舵を切りましたが、そのうち、また原発保有へ舵を切るのではとも言われています。

「そんなことはない!」との反論があるでしょうが、エネルギー確保は、どの国でも国家の要(かなめ)です。
さらに欧州では、電力は有力な輸出商品なのです。
現にドイツは電力の輸出国でしたが、輸入国に落ちようとしています。
経済的に苦しい旧東欧国家にとって、原発保有は有力な稼ぎにつながるというわけです。
今回は、特別講師に、世界の視点から原発保有を解説してもらい、改めて日本の原発保有を解説してもらいます。

【日本原発への引き合いの増加】

日本の原発建設は、以下の4社が担ってきた。
①日立・米GE連合
②東芝・米ウエスチングハウス連合
③三菱重工
④IHI
それぞれの企業に、様々な地域の国から引き合いがあるという。
国内では福島第一原発の事故により日本の原発メーカーは敬遠されると言う人もいるが、実際は逆である。
大地震、そして津波を受け、たしかに福島第一原発は事故を起こした。
しかし、放射能による人的被害は出さなかったし、原子炉自体は自動で停止した。
その技術力、経験に期待する声が世界では高いのである。

実際に、原発建設分野における日本企業の技術力は高い。
日本勢のライバルといえるのは、フランスのアレヴァ社くらいと言われている。
原発市場に対しては、韓国や中国も参入を狙い、商談に動いているが、日本の実績、技術力には遠く及ばない。

福島第一原発の事故は衝撃的な事実であり、国民の意識が「原発反対」に傾くことは仕方ないことである。
再生可能エネルギーへの転換をという声も当然である。
しかし節電に努めても、エネルギーの必要量はこの先も増大し続ける。
緊急事態ということで動かしている老朽化した火力発電所の事故も増えるであろう。
それらの需要を賄うには再生可能エネルギーはあまりにも力不足である。
安定度も低い。
この先、使用済みの電池や太陽光パネルが大量の廃棄物となり、二次公害を引き起こす恐れも指摘されている。
今は日本国内で新しい原子炉を建設することは難しいであろうが、数十年先、もう1度必要とされる機会が来る可能性は大きいとみている。
他に有力な代替手段がないからである。
また、今世紀末か来世紀になると思われる核融合発電へのつなぎの意味もある。
その時に備えて、今は外国からの需要で実績と経験を積んでいくことも必要なのではないかと思う。

【世界の原子力発電所の数】

IAEAの報告書「NUCLEARTECHNOLOGYREVIEW」を見ると、日本の現在稼働中の原子炉は2011年末で51基(福島の3基が廃炉となり、減少した)となっており、世界で3番目に多い。
1位は104基のアメリカで、2位はフランスで59基となっている。(下表を参照)

イタリアが撤退し、ドイツも全廃炉を決定しているが、今のところ、原発からの決別宣言はこの2国だけである。
一方、現在5カ国が新たに保有国になろうとしている。
この先も増え続けることが予想されている。
世界地図で見ると、下図のような分布になっている。

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【日本が原発保有に踏み切った理由】

日本は、唯一の被爆国として核の脅威を訴え続けてきた。
その一方で、米、仏に次ぐ世界第三位の原発保有国になった。
これは矛盾と言えるし、逆に奇跡的なこととも言える。
唯一の被爆国ゆえ、日本国民の核アレルギーは他国とは比較にならないほど強い。
本来なら原発を造ることなど到底出来なかったであろう。
実際、最初はそうであった。
本コーナーの第26回「繁栄か滅亡か③」を読まれた方は、その経緯が分かるであろう。
その国民の不安を覆し1955年12月に原子力基本法が制定された。
以来、日本は原発建設へと舵を切ったのである。
直接の推進者は、中曽根康弘や正力松太郎であるが、原子力基本法制定の大きな原動力となったのは、戦後の深刻な電力不足にあった。
電力不足は、停電の頻発だけでなく、産業復興を阻害し、その結果、国民は貧しさから抜け出すことが出来なかった。
当時の電力の主力は水力発電であったが、ダム建設には巨額の建設費がかかった。
また建設で失われる人命も膨大な数にのぼった。
しかし、火力発電を伸ばそうにも、外貨の乏しい当時の日本に、発電用の石油を十分に購入する余力はなかったのである。


その八方塞がりの中で、燃料の不安のない、建設費用も安い「原子力発電」という夢がもたらされたのである。
ちなみに、映画にもなった黒部ダムは出力33.5万KWの水力発電所であるが、建設費は当時(1956~63年)の費用で513億円(関電の当時の資本金の5倍)にもなった。
現在、同等のダムを造ろうとしたら5000億~1兆円はかかると思われる。
100万KW級原子炉5~10基分の費用である。
さらに、黒部での工事中による殉職者は171名を数えた。余りにも大きな犠牲であった。
このような状況の中で原子力発電へと日本は舵を切ったのである。

しかし、当時も今も、原発建設の大きな障壁は「国民の核への不安」である。
これを当時の政府は、「民主・自主・公開」の「原子力三原則」によって払しょくし、原子力基本法は成立したのである。
この時、国民がいかに同法案を支持したかは、本法が、社会党、共産党も賛成した全会一致で採択されたことを見れば分かるのである。
もっとも両党とも、「あの時は騙された」と言っているが、それでは政党としてお粗末であろう。結局は、国民の声に迎合したのである。



【日本国民が見落としていたもの】

しかし、日本国民は大事なことを見落としていた。
そして、今もそのことに気付いていない。
いや、気付いている人はいるのだが、黙して語らない。
私はそれを指摘したい。

日本は、広島・長崎の惨禍で核の恐ろしさを身を持って知った。
だからこそ、放射性物質に関する科学的知識や人体への影響、万が一の事故の際の被害拡大の防止策などを世界のどの国よりも真剣に考え、具体的な対策を持っていなければならなかったのである。
かつ、全ての技術テクノロジーは、軍事利用と平和利用の両側面を持つという当たり前のことを真剣に考えておかなければならなかったのである。
平和利用しか出来ない技術など、この世には無い。

北朝鮮のロケット打ち上げを、日本や米国は「ミサイル」と非難し、北朝鮮は「人工衛星の打ち上げ」と応酬した。
これも滑稽な光景である。
人工衛星打ち上げ用のロケットもミサイルも原理は同じもの。軍事用にも平和利用にもなるものである。
日本が誇るHⅡロケットだって、人工衛星の代わりに爆弾を搭載することは出来る。
これが技術テクノロジーの現実である。

ところが、日本国民の意識はまったく目覚めようとはしない。
福島の今回の事故を受けてなお、国民の無知は全く是正されてはいない。
「放射能ゼロ」を狂気のように叫ぶか、全く無関心か、しかない。

今回の事故で日本が支援を受けたのは、核大国の米国とフランスである。
両国をはじめとする核兵器保有国は、世界の反核運動を無視して核実験を繰り返してきた。
その結果、核保有国は非核保有国が有していない核に関する経験・知見を蓄積してきた。
思い起こしてみればよい。
今回の事故の初期に、最も的確な放射線データを提供し続けてきたのは、無人機による観測を続けた米国である。
汚染水の処理で東電を支援し、指導したのも米国とフランスである。
核実験で習得した彼らの核に関する知識と同等の知識や経験を日本は持っていなかったのである。
それが今回の福島の事故をもたらした最大の原因なのである。
そして、そのことを、今もなお真剣に考えようとはしていない。
マスコミの中には精力的に原発事故のことを連載している新聞もある。
しかし、ピントがぼけた記事ばかりである。
残念ながら、上記の核心をついた記事は見当たらない。



【原発と核兵器】

世界から見れば、米国の核抑止力に守られている日本は、「準核兵器保有国」である。
中国やロシア、北朝鮮という核兵器保有国が日本を核攻撃する恐れはほとんど無いであろうが、可能性はゼロではない。
最近でも、ロシア軍の高官が「日本など20分でこの世から消せる」と発言した。
当然、核攻撃を想定してのことである。
中国人民解放軍の高官なども、時折このような発言をして日本を恫喝する。
やくざまがいのこれらの発言が、核兵器所有を背景にしていることは明白である。
しかも、このような非礼な発言を、後からロシアや中国政府が謝罪したような記憶はない。
要するに、これらの発言が両国の真意なのである。
私は、「だから、核兵器を持て」と言いたいのではない。
日本の置かれている状況を解説したまでである。
その上で、原子力利用という国策の是非を考えるべきと言いたいのである。

核兵器も原発も、同じ原子核理論で作られ、運用される。原発の技術が核兵器保有への道を開くことは当然である。米国が執拗にイランの原発保有を阻止しようとしていることも同様の懸念からである。
日本は、核兵器を持たずに核利用を推進してきた。世界には、このような国家は意外に多い。原発発電量の順に見ると、日本の後に、韓国、ドイツ、カナダ、ウクライナ、スウェーデン、スペイン、ベルギー、台湾などと続き、24カ国ある。
これに核兵器保有国の米、仏、ロシア、英、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、を加えた32カ国が原発を稼働させている。
意外なのは、核兵器保有国であるイギリスの発電量がスペインの下であることと、核兵器を所有している(と言われている)イスラエルが原発を持たないことである。



【原発と国家安全保障:各国の事情】

原発保有の目的はエネルギー確保であるが、原発は国家の安全保障に深く関係している。
原発は平和利用であるが、原発稼働で生ずるプルトニウムは原子爆弾の原料になる。また、原発の建設・稼働に関する技術は、そのまま原爆製造の技術につながる。つまり、原発保有国は、比較的短期間で原爆を作ることが可能なのである。日本を含めて。



米国が主導して作り上げた現在の世界秩序では、世界の警察官の任を負っているのは「国連常任理事国」である。
ゆえに、この5カ国以外は核兵器を所有してはいけないことになっている。
5カ国以外の国が核兵器を持つことは、一般人が銃を持つことを制限されてきたように、その所有は厳しく制限されてきた。

しかし、隣同士が一色即発のインドとパキスタン両国がこの銃を手にしたとき、警察官たる常任理事国は、口では「持つな!」と警告したが、何にも出来なかった。
それを見て、廻りが敵だらけのイスラエルは、密かにこの銃を作り、知らん顔して持っている。
この銃を持たずに大国に逆らった国家が、米国やソ連、中国といった核保有国に蹂躙されたことを見て、北朝鮮は原爆の所有にこだわった。
結果は・・「成功」したのである。
米国がしぶしぶ交渉に乗ってきたではないか。
この事実を見てイランも原爆を持とうとしているのである。
持てば、米国の攻撃から身を守れると本気で思っている。

世界の多くの国は、本音では核兵器を持ちたいと思っている。
フランスが世界第2位の原発大国なのは、西側の国家ながら米国とは一線を画す意思を持つ国家だからである。
これは国民の意思である。
だからフランスで大規模な反原発運動は起きない。

一方、英国の原発が少ないのは、古くからの核兵器所有国であり、かつ米国と一体感を持っているからであろう。
実際、湾岸戦争やイラク戦争など、一緒に戦争をしてきた経験もある。
原子力の力を誇示して、ことさらに米国と一線を画す必要はないのである。
しかし、その英国も原発の新設計画を始動させる予定である。

中立国であり、環境問題に関心が深いスウェーデンは、意外に多くの原発を持ち、依存度は50%である。
実は、1980年の国民投票において、稼働中の原発12基の全廃を決定した。
しかし、2009年2月にスウェーデン政府は、国民投票において決まった原発の段階的廃止という方針を修正した。
再生エネルギーの開発・普及などによるエネルギー構造の転換は続けていくものの、既存の10基の原子炉の寿命が来た際に新設原子炉による更新が必要とされれば、その更新を認めるという決定を行ったのである。
国民の原発継続支持率81%を背景にした決定である。
2011年7月にスウェーデン大使館(東京)が行った「スウェーデン社会研究講座|スウェーデンの原発と危機管理」では、「徹底した情報公開と民主社会に根ざした危機管理体制の確立があり、国民はその危機管理システムに信頼を置いているから」との説明があった。
しかし、私は、それもあるが、国防に関心の深い国民性によるものと思っている。
乱暴な言い方をすれば、「いつでも核兵器を作れる技術を有していたい」のである。

韓国は、いずれ日本を抜くと言われるほど原発を多く持つが、当然といえよう。
米国の安全保障体制の中で原爆を持つことは許されないが、北朝鮮が持っている以上、何かの際には原爆を作りたいと考えている。
また、原発を重要な輸出品と思っている。
そのため、脱原発に進むかもしれない日本から原子力技術者を引き抜くチャンスを虎視眈々と狙っている。
すでに韓国から誘いを掛けられている日本の技術者も結構いると言われている。
日本は、これをどう考えるべきなのであろうか。

防衛への思いは、中国の脅威にさらされている台湾も同じである。
また、旧東欧圏の小国が、多少のリスクに目をつぶってでも原発を保持し続ける理由もそこにある。
東西の谷間に埋もれるなかで、少しでもその存在感を誇示したいと思っている。「絶対安全」とは言えなくても、原発の所有を国防とからめて国民に問うているのである。
このような力の外交の一助として原発を位置付ける考え方は、原発保有国の多くで国民にはそれなりの理解を得ているようである。
だから、フランスや韓国や台湾、ましてパキスタンやインドで反原発のデモが繰り返されることはないのである。



【敗戦国と原発保有】

しかし、日本、ドイツ、イタリアではそのような考え方は国民のコンセンサスとはなり難い。
言うまでもなく、この3国は第2次世界大戦の敗戦国であり、多くの国民は力による外交を毛嫌いしている。
そのため、原発の所有を安全保障の観点から国民に説明することが難しくなっている。
ゆえに、この3国では原発所有の理由を、経済性や絶対安全であるとする観点から説明することになる。
しかし、それだけでは、福島の事故で明らかになったように、「絶対安全とは言えない」原発の所有を国民に説明することは難しいのである。
イタリアはチェルノブイリ原発事故の後に国民投票を行い、原発を廃止した。
また、ドイツも緑の党などの強い反対で、福島の事故を受けて、原発の全廃を決めた。
だが、私は、ドイツはいずれ復活すると思っている。
技術立国の誇り高いドイツ国民が、原子力技術に背を向け続けることは困難と思うからである。
日本の事情もドイツに似ている。
技術立国日本を捨てられないのである。



【あまりも無知な日本国民】

「日本人は核のことをほとんど知らなかった」というのが今回の事故で明らかになったのではないか。
原発事故後、チェルノブイリ事故などの本や放射性物質の被害などに関する本が本屋に山積にされ、飛ぶように売れたと聞く。
本原発コーナーへのアクセスが2ケタも撥ねあがったと聞き、私もびっくりした。

一方で、政府や東電は、原発の制御や放射性物質の拡散防止に的確に対応できない無策ぶりを露呈してしまった。
民主党政権だったことが被害を拡大したのは疑いのないところだが、自民党政権でもたいして変わらない対応だったであろう。

冷静に考えてみよう。
核保有国ではない日本は、もちろん、核実験をしたことがない。
結果として核に関する知見では核保有国と比べて劣ることになる。
たとえ、スーパーコンピューターによるシミュレーションで予測データをかき集めたり、文献を読みあさったとしても、核実験をしたことがないわが国は、核大国はもちろん、インド、パキスタン、そしてあの北朝鮮にも劣る程度の知見・経験しかなかったのではないか。
米国、ロシア、英国、フランス、中国の核保有国は、大量の核実験を繰り返すことによって膨大なデータを保有しており、この点で世界の中では抜きんでた存在なのである。


地球に衝突する小惑星を破壊するため、核爆弾を積載した宇宙船で小惑星に向かうというハリウッド映画があった。
この映画のプロデューサーがクルーにアジア人を入れようと考えた場合、核爆弾に関する知識で劣り、国産の有人宇宙船を持たない日本人を選ぶことはないであろう。
そのクルーは、間違いなく中国人になるであろう。



【絶望】

2012年3月の世論調査によると、原発への賛否は3:7程度で反対が多い。
多くの人が地震が多い日本で原子力発電を行うことはリスクがあると思っての結果と思う。
興味深いのは、2011年5月の調査では賛否が4:6であったことである。
つまり、事故直後より反対が増えているのである。
これは、事故後の政府の対応のまずさが主因と考えられる。
政府の対応のまずさを見て、賛成から反対へ転じた人が結構いたということである。
事故調査委員会も「人災」と結論付けたが、人災というからには、「責任を特定出来る人たちがいる」ということになる。
しかし、そこまでは踏み込まない日本流の「惻隠(そくいん)の情」のベールに隠されてその人たちの影しか見えない。
そういった政府、東電の体質が反対を増やしていることに気付かない。
気付いても知らん顔を決め込む。
事故前の原子力行政と全く変わらない政府を見ていると、私も反対に回りそうである。
いや、原子力行政や電力会社の体質については、仕事に従事していた30数年前から問題視していた。
それが、これだけの事故を起こしてもなお変わらないのだとしたら、日本に原発を動かす資格など無いとなってしまう。



 
反原発のデモ17万人が代々木公園を埋め尽くしたということです。
反原発でおなじみの有名人やタレントが一役買っていると言われていますし、レクリエーション替わりに集まった人も多いと聞きます。
その中に、団塊と思われる年代のおっさんたちが結構目に付きました。
彼らは、顔見知りに会うと、「やあやあ」「懐かしいね」「元気!」なんて、満面の笑顔で挨拶し合うのです。
この年代である特別講師に聞いたところ、
「そうですね。全共闘の成れの果ての同窓会なんでしょうね」と言われました。
きっと、facebookなんかで「代々木へ行こう!」と呼び掛けの輪が広がり、懐かしさも相まって集まってきたのでしょうね。