第13回:級長(前篇)

2009.01.30

「級長」という言葉にすぐに反応するのはある程度の
年齢以上の方であろう。
若い方は「なに、それっ?」であろう。
今流に言うと、「クラス委員」か「学級委員長」ですかな?
こう言えば、若い方も分かるであろう。
「あ~、それなら分かるよ。いやなヤツが多いんだよ」
「そうそう、先生へのゴマすり野郎!」
などと、あまり肯定的な意見は聞かれないようであるが・・・
さて、今回は、そんな「級長」の話である。
断わっておくが、あくまでも「級長」なのである。
なぜか?
戦前の話であるから、である。

さすがに、当道場主も戦後生まれなので、体験話ではない。
昔、読んだ雑誌の中にあった実話である。
雑誌の名前も著者もとうに忘れてしまったので、
著作権上の問題があるかもしれないと、今まで文章にはしてこなかった。
もし、雑誌名や著者名をご存知の方がいらっしゃったら、教えて欲しい。
ということであるが、当道場流にアレンジして使わせてもらいます。
さて、本日も稽古に入るとするか。


昔々のことである。
東京の名門中学(今も都立高校として存在している)の、とあるクラスの話である。
その時代、多くの学校の級長は、担任の先生の指名で決まっていた。
この学校もそうであった。
そうなると、だいたい、成績優秀、品行方正なる生徒が選ばれる。
つまり、「級長」とは最高の名誉職だったのである。
「級長に選ばれた」となれば、家庭では赤飯ものであった。
(分かるかな? 「赤飯を炊く」のは最高勲章のようなものであった)
ご近所からも、「すごいわね!」、「エライもんだ」と賛辞の嵐!
親は鼻高々。
「○○ちゃん、エライ」である。
ところが、この学校で大いなる異変が起きた。
あの戦争が始まる数年前のことである。
「級長をクラスの生徒の投票で選ぶ」となったのである。
「そんなの当り前じゃん!」と言わないように。
70年も前の話である。

先生の指名が当然の世の中なのである。
天と地がひっくり返ったような出来事なのである。
そんな大騒ぎの中、この物語のクラスでも
学校始まって以来の「級長選挙」が行われた。

さて、時計の針を選挙から少し戻そう。
このクラスには悪(わる)がいた。
と言っても暴力者ではない。
戦前の学校では体罰が当り前だったから、
暴力生徒が生息できる環境など皆無であった。
柔剣道、ともに五段などという猛者の先生もいたし、
軍事教練のため、本物の軍人すら準常勤の時代である。
どんなに性質の悪い生徒であれ、一撃の下に叩きのめされた。
(良いのか悪いのか、分かりませんが・・・)

おっと、話が脱線した。
つまり、悪(わる)といっても、いたずら者程度である。
仮に、彼を一郎君と呼ぼう。
この一郎君、級長選挙で、あることを考え付いた。
それで、仲間の秀直君とか勤君とかを巻き込んで画策を始めた。

一郎:「オレに面白い考えがある。太郎を級長にしようぜ」
秀直:「太郎? あいつはバカだし、まともに話もできねえぜ」

一郎:「だから、級長にするんだよ。どうなるか、考えただけでも面白いだろう!」

勤: 「うん、そりゃ、面白え。あいつが選ばれた時の先生の顔も見ものだぜ」

秀直:「だけど、オレたち3票じゃ無理だぜ」

一郎:「だから、半分以上の票を集めんだよ。きょうからやるぜ」

こうして、一郎君たちは学級内工作を始めたのだ。
必死?の選挙工作の甲斐が実り、なんと、太郎君が級長に当選してしまった。
成績ビリ、先生に指されても、口ごもるだけの太郎君。
選挙結果の黒板を見つめて茫然自失の担任の先生。
当然、自分がと思っていた成績トップの武雄くんは憮然とした表情。
一郎とその仲間は「してやったり」とにんまり。
一郎にそそのかされたクラスの面々は、
「さて、どうなるか」と興味津々。

このクラスの選挙結果は、あっという間に学校中に広まった。
職員会議でも喧々諤々(けんけんがくがく)の激論になった。
一人、しょぼんとしている担任の先生に向かって、
最後に、校長がこう言った。
「いいでしょう。選挙で選ぶと言った以上、その子が級長でも」
これで、決まり。

さて、それからが大変。
一郎たちワルは、クラス会議で、「級長! ・・」を連発。
そのたびに、あわれ、太郎君は真っ赤になってうつむくだけ。
クラスのみんなのさらし者となり、
先生の叱責を浴び、
太郎君はボロボロになっていった。

1ヶ月、2ヶ月と日は過ぎた。
そこで異変が起こった。

一郎たちが、そろそろ、太郎君いじめにも飽きてきた頃だった。
いつものように、一郎が、
「級長! 提案があります」と手を挙げた。
クラスのみんなは、ニヤニヤと事の成り行きを見守っていた。

太郎:「ハイ。では、一郎君、手短に要領だけを述べてください」

一郎だけでなく、クラスのみんなが「えっ?」と驚いた。
いつもの太郎だったら、
「え~と、えと、・・・ い、いちろうくん、・・・」となるはずであった。
口を金魚のようにパクパクするだけの一郎に向かって、太郎は、
「提案はないのですか? 時間がもったいないですよ」
いったい、太郎の身に何が起こったのか。
次号へつづく~