第6回:潜水艦での小さな出来事

2008.06.01

 
 
 
 
前回に続いて軍事の話になりますが、ご勘弁ください。
軍事やスポーツの話は極限の世界なので、事例として取り上げやすいという側面があります。

だから、経済や経営用語としても盛んに使われているのです。
「戦略」や「戦術」などの軍事用語は、日常的に使われていますし、「データベース」なども軍事用語だったのです。
また、孫子などの兵法書からの言葉の引用も多用されています。まあ、そんなエピソードの一つとして今回の話も聞いてください。

とある民間人から聞いた昔話をしよう。
彼は、仕事で潜水艦に搭載するシステムを開発していた。
新たに建造する最新鋭艦に搭載するシステムであった。
当然、システムにも最新鋭の機能が要求された。
軍事用という戸惑いはあったが、仕事は面白く夢中で働いた。
やがて、試験航海に出たこの潜水艦に彼は担当技術者として搭乗した。
多くの複雑なテストもクリアし、システムは順調に完成の域に達していった。
「そろそろ、この仕事も終わりだな」と、ちょっと寂しい気持ちになった頃、
艦長に呼ばれ、こう言われた。
「これから最後の試験を行いますので、少し北へ向かいます」
「北って、どこですか」と問う彼に、艦長は微笑みながら、
「軍事機密なので言えませんが、もう少しだけお付き合いください」
と穏やかに言うのみであった。

数日間、潜水艦は北へ航海を続け、その後潜航した。
また数日間、潜航したまま北へ向かった潜水艦はやがて限界深度近くまで潜って
航行し、そして、停止した。
静寂が垂れ込める艦内で、彼は胸が押し潰されるようであった、と言う。

やがて、「浮上」という艦長の短い命令が発せられ、艦は静かに浮上していった。
どのくらいの時間だったのか今では記憶すらないが、
艦の上昇は止まり、再び艦内に静寂が垂れ込めた。

そのうち、上部ハッチが空けられ、艦の司令室に明るい陽光が飛び込んできた。
目がくらんで視界が奪われたが、艦長が上部ハッチから艦外に出たことは分った。
しばらくして艦長は降りてきて、彼にこう言った。
「ちょっと外に出てみませんか」
艦長の後から艦外に出た彼の目に飛び込んできたのは、大きな島影であった。
「あの島はどこの島ですか?」と問う彼に、艦長はいつもの穏やかな声で答えた。
「カムチャッカ半島です」
それは島ではなく、カムチャッカ半島であったのだ。
彼が次の問いを発するより早く、艦長は、今度は固い声でこう言った。
「今、我々は○連領海内にいます」
『えっ』と絶句した彼は、思わず上空を見上げた。
今、まさに○連のミサイルが、自分達の頭上から襲い掛からんとしている・・・
と思ったそうである。

しかし、空は晴れ渡り、一点の雲さえ見えない。
目をつぶれば、広い野原にたたずんでいるかのような錯覚すら覚える日であった。

艦長は、彼に向かって言った。
「この位置は、○連防衛レーダー網の穴なのです。彼らにとって我々は存在していないのです」
その声は自信に満ちてはいたが、かすかに憂いを含んでいた、と彼は語っている。

ここからは完全な推測である。
○連の領海内には幾重にもレーダー網がかぶせられ、ねずみ一匹侵入しても分るようになっているはずである。
しかし、半島の山々や大小の点在する島々、入り組んだ海岸地形などの影響で、「レーダー網の穴」と呼ぶ、探知不能な小さなポイントが出来るのであろう。
その潜水艦は、そんな穴の一つに浮上したのであろう。

では、この情報はどこからもたらされているのか?
いや、そんなことはどうでもよい。
このような情報を持つ者の強さこそ、あらゆる軍事的優位より恐ろしいのではないか。

桶狭間(田楽狭間)で、大逆転勝利をあげた織田信長が、第一の勲功として褒美を取らせたのは、敵将、今川義元の首を上げた者ではなく、義元の本陣の場所の情報をもたらした者であったという。
情報の価値を最高の価値と見抜いていた信長が戦国の覇者となったのは必然である。

「そんなこと、誰でも分っているよ」とつぶやかれた貴方、
本道場で、しごかれる必要がありそうですな。
「分っている」ということは、知識として知っていることではない。
それを実践し、成果を上げた者でなければ、「分っている」とは言えないのだ。
そして、『分っている』者は、「分っている」などとは決して言わないのだ。

この潜水艦の話を聞いて、すぐに信長のエピソードを思い出せなかった者は、
その知識すら無いに等しいのである。
おっと、熱くしゃべりながら、自分のことが恥ずかしくなってきてしまったわい。
「情報第一」を経営方針とし、情報収集と情報活用の機能を作り、会社の機構に組み込み、メンテと改良を続ける。
私も、この仕組みを再考・再構築する必要がありそうだ。