第12回:人体への影響 その2

2011.04.10



先日、「福島県天栄村」産の牛肉から暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されたという発表があったが、これが検査ミスだったと訂正された。
まったく言葉もないわい。
こうしたことで、政府発表の信頼性はどんどん落ちる。
話にならんな!
ところで、前回の話は読んでもらえたかの。
それでは、「人体への影響」の続きを送ろう。
また、本道場にいろいろ質問が寄せられておるが、これらの質問への回答も特別講師にお願いした。
全てに答えるのは無理じゃが、今回から少しずつ答えてもらおうと思う。
それでは・・




最初に質問に答えるが、今回は2つだけで勘弁してほしい。
次回以降も少しずつ回答する。

【質問への回答-1】

質問:よく「最悪の事態は避けられている」というような発表がありますが、
「最悪の事態」とはどんな事態を指すのでしょうか?

回答:「最悪の事態」には、幾つかのレベルが想定される。



(1)原子炉爆発

最も悪いのは、炉心が臨界(核反応)状態のまま、核爆発(といっても、原爆の爆発とは違うが)を起こすこと。
右の写真は、爆発直後のチェルノブイリ発電所である。この事故がその例と言われている。
チェルノブイリは、圧力容器がなく、爆発を原子炉内にとどめておくことが出来ず、大量の放射性物質を大気中に高く放出してしまった。
福島第一原発の炉心は圧力容器で囲まれ、かつ核反応は停止しているので、ここまでの事故にはならない。




(2)炉心溶融-再臨界

次に悪いのは、圧力容器内の燃料ペレット(つまり、ウラン燃料)が溶け、いわゆる「炉心溶融」に陥り、やがて再臨界に至ることである。
溶けたウラン燃料が圧力容器の底にたまり、再臨界(核反応)を起こし、圧力容器の破壊に至るという事態である。
今のところ、燃料棒の損傷は起きているだろうが、燃料ペレット自体が溶けているかどうかは不明である。
ただ、再臨界は起きていないと思われる。





(3)炉心溶融―圧力容器損傷

燃料ペレットが溶けて、やがて圧力容器の底を溶かす。
だけど、再臨界は避けられる事態が3番目の最悪であろう。
可能性はゼロではないが、この事態も避けられている模様。

(4)炉心溶融-燃料損傷
燃料棒の被覆管が溶け、かつ燃料ペレットが損傷する事態。
だけど、圧力容器自体は耐性を保っているという状態で、4番目の最悪である。
今回の事故において、ジルコニウム合金製の被覆管が溶けていることは、水素爆発という事実で確定的である。
燃料ペレットの損傷も、ヨウ素131やセシウム137が検出されたことで起きている可能性は高い。
だが、現在、計測されている放射線測定値をみる限りにおいては、損傷は一部にとどまっている可能性が高い。だから、今を「最悪状態」とは断定できない。
こんなところで、おわかりだろうか。



【質問への回答-2】

質問:原子炉をすっぽり大きな容器で覆い、大量の水を入れ、冷却する案はどうでしょうか?
(質問者の方は、数枚の絵まで添付されていた。下の図は、それらの絵を簡略化したもの)

回答:私の答えに代えて、九州大学の工藤和彦特任教授のご意見を紹介する。



「既存設備の復旧を前提として排水にこだわっていると、いつまでもイタチごっこが終わらない。
外部に新たに冷却システムを構築すべきである」
ご質問者の案も、外部冷却システムの一案と言えるかも・・

事故対策統合本部(政府と東電の共同組織)も、外部構築の検討に着手したが、具体的なプランは描けていないようである。
大阪大学の宮崎慶次名誉教授は、
「東電や政府には物事の先を見通す勘をもった人間がいないのではないか」と指摘しているが、
私も、それを危惧している。
ご質問者の案も貴重な一案かと思うが。

さて、今回の本題の「人体への影響その2」をお送りする。




【一般の人たちへの危険はどうなのだろうか?】

福島第一原発の周辺20~30km圏内の4月7日の測定値をみると、0.5~14.8マイクロシーベルト/時間と、ばらつきがある。
このばらつきは、原発からの距離と無関係なので、風向きの影響が大きいようである。

では、一番高かった「浪江町津島地区」の14.8マイクロシーベルト/時間を基準に簡単な計算をしてみる。
ちなみに、その地域に住むAさんをモデルに試算してみた。


ICRPでは、年間100ミリシーベルト以下で健康被害が出たとの報告はないとされている。
そこから10倍の安全率を見て、一般人は10ミリシーベルトを基準とするよう勧告している。
日本はさらに10倍厳しい1ミリシーベルトを基準としているが、厳し過ぎるとの指摘もあり、10ミリシーベルトに引き上げようとしていた矢先の事故であった。

ICRP 2007年勧告では、乳がんと遺伝病へのリスクを、1シーベルトあたり5%としている。
これを上表の「ケース1」にあてはめてリスクの計算してみると、
130×0.05(/Sv)÷1000=0.0065。0.65%程度、健康リスクが増加することになる。
この数字をどう判断するかは個人の見解だが、
喫煙や過労による健康障害のほうが大きいと思う。

また、14.8マイクロシーベルト/時間という放射線量が1年間続くことはないであろう。
大気中の放射性物質は拡散して希釈されていくし、人体の修復能力も時間が長くなるほど効いてくる。
ちなみに東京上空の放射線量は、4月9日で0.09マイクロシーベルト/時間以下である。
この値は、上記計算表の「浪江町津島地区」の6/1000程度である。
騒ぐ必要はまったくない。





【でも、累積されれば怖いのでは?】

文部科学省は4月4日、福島第1原発から約30キロ離れた福島県浪江町で、3月23日から11日間の積算放射線量が「屋内退避」の目安となる基準値10ミリシーベルトを超えたと発表した。
(下図を参照)

福島第1原子力発電所周辺の累積線量結果 ※4月3日現在、単位はミリシーベルト



浪江町は、私が原発で働いていた時に住んでいた町である。今は避難地域となっているため、ゴーストタウンみたいになっていると思う。
早く元に戻って欲しいものである。

この「積算放射線量」とは、毎日の放射線量を全て加算した「累積値」のことである。
だから、日を追って増え続けるが、減ることはない。
微量の放射線を長い時間、浴び続けたことによる健康障害の記録はないと聞く。
だから安全というわけではないが、今の線量が1年間続く可能性は少ない。
放射能の減衰効果や人体細胞の修復機能を考えると、危険というレベルではないと言ってよい。
今後、積算量の増加カーブが落ちてくれば、避難解除の可能性が出てくる。





【女性や子供は危険度が高い?】

確実なことが言えるのは、
男性より女性、大人より子供、中高年より若者のほうが、放射線に弱い。
これは、以下の理由による。
一番多く放出されているヨウ素131は甲状腺に張り付く。
甲状腺はホルモンを分泌する器官だから、細胞分裂がさかんな子供に悪影響が出るのは当然である。

次に放出量が多いセシウム137は、生殖器官に張り付く。
生殖器は、男性より女性のほうがはるかに複雑・高度である。それだけ影響を強く受ける。
だから、女性は危険度レベルの高い(たとえば、レベル3以上)のエリアに入ることは許されていない。

勿論、男性でも精子の染色体変異を引き起こす可能性はある。
「40歳以上の男性は大丈夫」とよく言われるのは、子供を作る可能性が無いということである。
まあ、いいかげんな基準ではあるので、正式な基準ではない。

ちなみに、放射線作業従事者(原子力施設や医療機関などで放射線関係の仕事をする作業者)の場合、妊娠可能な女性に対する基準値は、男性の2.5~3倍程度厳しい数値になっている。
最も怖いとされるストロンチウム90は骨髄に入り込み、造血作用を壊す。
その結果白血病になる確率が高くなる。
だが、今のところ、ストロンチウム90の放出は確認されていない。

原発内の土壌から微量が検出されたプルトニウムは、毒性の強さでは一番といわれるが、「一番」という言い方に科学的な根拠はない。
(放射性と言わずに、毒性と言っていることも、根拠はない)
実際は、ウランと同程度と思ってよい。
今回は微量であるし、発する放射線がα線であるため、体内に吸い込まない限り心配は要らない。





【内部被曝とは?】

ここまで解説したことは、放射線源が体の外にある「外部被曝」についてである。
これに対し、放射性物質を呼吸や食物摂取によって体内に取り込むことを「内部被曝」という。
外部被曝は放射線源から離れれば問題ないが、内部被曝は自分の体内から放射するので危険度は高い。
また、ヨウ素131やセシウム137が発する主な放射線はα線やβ線であるが、紙や衣服で防げる。
「肌を露出しないように!」との警告は、この理由である。

しかし、体内に吸い込む内部被曝だと、こうした防護は効かない。
ゆえに、内部被曝は恐ろしいのである。

だが、一般の人々が内部被曝を恐れる必要はないであろう。
大気を吸ったり食物の摂取で放射性物質を体内に取り込む可能性はあるが、原発内と違って屋外ではごく微量になる。
現在のレベルでの心配はないと断言してもよい

一方、原発内で働く作業員は、かなりの注意が必要である。
防護服や全面マスク等で全身を覆っていれば、内部被曝は防げる。
しかし、マスクを外したりすれば、一挙に内部被曝の危険は増す。






【内部被曝は一番怖い!】

我々が原発内で作業をしていた時も内部被曝は一番の問題であった。
空気中の放射性物質の量が多い場所で作業をする場合、全面マスクで顔を覆うのだが、
これでは会話が出来ない。
内部の人間どうしであれば、身振り手振りとか紙に書くという伝達方法が取れる。

しかし、外部の人間と連絡を取る場合がやっかいである。
我々チームは、部屋の内と外に分かれて作業する場合があった。
場所によっては、その間の通話が出来る「通話装置」が設置されていたが、マスクをしたままでは話せない。マスクを外す必要がある。

さすがに、高汚染度の空気の中で全面マスクを外すのは勇気がいった。
マスクの中で深く息を吸い、思い切ってマスクを外し、息を少しずつ吐きながら、通話装置に向かって一気にしゃべる。
しゃべり終わって、いったんマスクを付ける。
呼吸を整え、また深く息を吸ってから、マスクを外し、通話装置に向かって「どうぞ!」と言う。
息を少しずつ吐きながら、通話装置から指示を聞く。
聞き終わって、すぐにマスクを付ける。
いつも、冷や汗が流れたものである。
マスクを外している間は、決して息を吸わないことを心がけてはいたが、少しは吸っていたと思う。
何かがあって、思わず視線をそらし、息を吸ってしまったこともある。

この内部被曝の程度は、今もって不明である。
計測する方法がないのである。
この点は、現代でも未解決のようである。






【風評被害の真の怖さ?】

3号機で被曝した作業員を病院へ誘導する時の様子がTVに映し出された。
その時に大きな違和感をおぼえた方が結構いたのではないか。
被ばく作業員が見えないように、大きな布を何人もの職員が持ち、TVのカメラを遮っていた。
まるで、重要犯罪人の護送のような風景であった。

どうしてあんなことをするのか。
それは、彼らが迫害を受けないようにするためである。
放射線を浴びたことを、伝染病にかかったように言う人たちがいる。
広島・長崎の被爆者が「ピカの毒がうつる」と迫害されたことと同じである。
まったくの偏見で、何の根拠もないのだが、未だにそのように思う人もいるようである。
かくいう私も、20年ぐらい、自分が多量の放射線を浴びたことは家族にも言わなかった。
10年ぐらい前から親しい人に少しずつ話し出したくらいである。

ところが、先日、こんな記事が載った。

『福島第1原子力発電所の事故に伴い避難した人たちが、放射線量を確認するスクリーニング検査で「異常なし」とする証明書を提示しなければ医療機関で受診できないケースがあることが分かった。避難所に入所する際、スクリーニング検査を事実上義務付けられるケースも・・』

びっくりである。未だにこのような非科学的な偏見がまかり通る世の中である。
被ばく作業員の顔や実名はおろか、体すら見せない、ということの背景がこれである。
「情けない!」しか言葉はない。