第1回:新政権の誕生 (2009年9月16日は歴史に残る日になるか)

2009.09.18

鳩山民主党政権が誕生した。

というより、この日は60年間続いた自民党政治が終わった日というべきであろう。
民主主義の日本で、これほどの長きに渡り、一党が政権を独占してきたことが驚きである。
このことを改めて感じた日ともいえる。決して自民党政権が独裁政権であったわけではない。
戦後の日本は、いつでも選挙で政権が変わり得る民主主義を維持してきた。
それなのに、一党の政権が続いてきたのである。
政権担当能力を持つ野党が育ってこなかったことが第一の理由であろうが、変化を嫌い、安定を願う国民性と、米国の戦略が功を奏したことが深い要因であったと思う。
そして、自民党の政治能力も高かったのである。

その効果は絶大であった。
世界史上、この日本の60年間に匹敵する発展を遂げた国はないであろう。
敗戦で焦土と化した国土から、世界有数の経済大国にのし上がったのである。
その要因をより具体的に分析すると、以下のようになる。

(1)防衛を米国に依存した軽武装の国家でいられたこと
(2)朝鮮戦争、ベトナム戦争の物資補給基地となったこと
(3)高度技術者が、兵器製造から民生製造(車、電機、鉄道等)に移行したこと
(4)勤勉で貯蓄性向の強い国民性
(5)高い教育・識字率
(6)インフラ整備の優先

この恩恵で様々な産業が急速に発展していった。建設産業もその一つである。

しかし、60年間政権が変わらないということは、政権を支える要素も変わらないということである。
戦後の復興で最も急がれたことは、産業や生活の基盤を支えるインフラの整備である。
こうして、土建国家と揶揄されても、インフラ投資は最優先されてきた。
建設産業が花形産業になった所以である。
だが、必要なインフラの種類は、国家が成熟するに従って大きく変わってくるものである。

電力確保や水道整備が緊急な課題だった時代、ダム建設は国民の願いであった。
私の小学校時代の教科書には、佐久間ダムや小河内ダムが誇らしげに載っていた。
それがえらくカッコ良かったことが記憶に残っている。
しかし、電力が火力や原子力に移り、水道が完備されるに従って、国民のダムへの関心は薄れていった。
もちろん、ダムには、農業用水や防災用といった大事な役割もある。
だが、国民の感心が薄れてしまった今日、「ムダの象徴」と見えてしまうのである。
昨年、「黒部の太陽」がTVドラマ化されたが、かって、石原裕次郎らが演じた映画の感動には遠く及ばなかった。
いや、正直言って、「つまらなかった」のである。

今度の民主党政権は、力強い政治メッセージで政権を奪取したわけではない。

60年の垢がたまり、薄汚れてしまった自民党政治に国民がいやになった結果、
生まれた政権である。
当然、自民党政治の継続はあり得ないのである。
話題になっている八つ場ダムは、その象徴となってしまった不幸な工事だが、
「50年以上経ってなお完成していない」ということが、そもそも問題なのだ、の認識が薄すぎる。
これも単独政権が60年続いた弊害である。
ダラダラと時間を空費した結果、ダムに対する国民の目線が変わったことにも気づかず、
そのまま続けられると考えた為政者たちの怠慢以外、何者でもない。
それなのに、このつけを払わされるのは国民なのである。
それがなんともやり切れない。

建設産業は考えを変えなければならない。
今、政権は変わったのだという認識と、この先60年続く政権はもう現れないということをである。