第29回:放射線の本当の恐さとは(その2)

2011.12.31



放射線の恐怖に日本中が凍りついているようです。
放射線の存在そのものに恐怖を感じている人は、「放射線はゼロでなくてはならない」とかたくなに思い込んでいます。
専門家の先生の意見は両極端に分かれ、「僅かな放射線でも毒だ!」という意見から「低レベル放射線はむしろ体によい」という意見まであります。
一般の人は、どうしたらよいか分からず、とりあえず「放射線は怖い。
避けるに越したことはない。
だから脱原発のほうがよい」との考えに傾いていると思います。

それでも、現実に放射性物質の拡散は起きてしまっています。また、昔に放置された放射性物質が住宅街などで見つかります。
自然に存在する放射線の影響は・・などを考えると、「放射線ゼロ」の世界に住むことは難しいようです。
ならば、ただ恐れるより、放射線に関する知識を身に付け、どう向き合うかを考えたほうがよいと思います。
それでは、放射線の恐さについて、引き続き特別講師に解説してもらいます。


事故を起こした福島第一原発の廃炉に30~40年かかるという現実は、消せない現実です。政府や東電に弁解の余地はないとはいえ、この現実は受け止めなければならないのです。
また、政府が脱原発を決めたとしても、55基の原発がその瞬間消えるわけではありません。
全原発の廃炉には100年以上の年月と100兆円以上の費用がかかると言われています。
最大の問題は、それだけの期間、原発関係の技術を保つことが可能なのかという点です。
原子力の利用を一切認めないとなった場合、技術者は流出し、技術は失われます。
原子力技術者を目指す若者もいなくなるでしょう。
いったい誰が廃炉の技術を担うのでしょうか。
原子力利用に反対としても、この事実だけは無視できません。
私たちは「そこまで来てしまった」のですから。


【厚労省が食品に対する新基準値案を公表】

厚労省は、12月20日、食品に含まれる放射性物質の暫定基準値に代わる新たな基準値(案)を公表した(以下の表を参照)。




新基準値は、現在の暫定基準値より大幅に厳しい値である。
これを、厚労省は来年4月から適用するとしている。
厚労省は、以下の手順で新基準値を決めたと説明。

①放射性セシウムによる年間被曝(ひばく)量の許容上限を、現在の暫定基準値の「5ミリシーベルト」から「1ミリシーベルト」へ引き下げる。

②世界保健機関(WHO)の基準を踏まえ、年間被曝許容上限1ミリシーベルトのうち0.1ミリシーベルトを「飲料水」に振り分け、1kg当たり10ベクレルと設定する。

③食品中の放射性セシウムによる年間被曝を、残り0.9ミリシーベルト以内に抑えられるよう、平均食品摂取量などを考慮して、各年齢区分や男女別の1kg当たりの上限値を計算した。

④「1歳未満(乳児)」「1~6歳」「7~12歳」「13~18歳」「19歳以上」の年齢区分でそれぞれ許容できる上限値を計算し、最も厳しい値を採用する。

厚労省の説明は一見もっともらしいが、安全というより、「安心志向」の規格といえる。
その結果、論理的な解析より感情面への配慮が強く出た。
国民感情を無視は出来ないが、国の政策が感情面に迎合して決まることは危険といえる。
実際、反原発を掲げる団体の中には、「基準値をゼロにしない限り納得しない」と言っているところもある。

かつて、原発の公聴会で、技術者たちは「100%安全と言え!」と反対派に迫られた。
「技術に100%は無い」と説明する技術者たちに、反対派は「みろ、危険じゃないか」と罵声を浴びせ掛けた。
あの時もそうであった。それなのに、政府と電力会社は、「原発は100%安全」と言ってしまい、その言質(げんち)と多額の補償金で原発建設をスタートさせてしまった。そのつけが今回の事故の大きな伏線なのである。
その反省もなく、厚労省は同じ轍(てつ)を踏もうとしているように思える。

平常時ならこの厳しい基準の適用は妥当かもしれない。
しかし、今の被災地などの生活環境は、まだ非常時なのである。
そこに平常時に適用すべき厳しい数値基準を導入すれば、測定結果のわずかな超過によって、かえって不安や混乱をあおり立てる。
困窮する農家の数も飛躍的に増える可能性がある。
その意味からも、来年4月からの新基準導入は急ぎ過ぎである。
次の選挙までに政府の責任を薄くしておこうという意図が見え隠れしている。
適用を数年間延ばしたり、段階的に基準を厳しくしたりする措置を講じるべきではないかと思う。



【厚労省の新基準値案に対する疑問】

厚労省の新基準値(案)に対する疑問をもう一つ掲げる。
原発事故とは関係なく、放射性カリウムなどの放射性物質は、もともと自然界に存在している。
飲食物を通してそれを摂取している結果、通常、人体は約6000ベクレルの放射能を帯びている。
体重60kgの人なら1kg当たり100ベクレルという計算になる。

つまり、健康人の体内の放射能のほうが、新基準値案の飲料水(10ベクレル)や牛乳(50ベクレル)のレベルを上回っているわけである。
基準値をこれほどまでに厳しくする必要に疑問が湧く。
厚労省は、この案を出す前に、基準値の持つ意味を国民に分かりやすく説明することが先決ではなかったか。
また、食の安全の目安とは、消費者だけでなく、生産者、流通業者などからも納得が得られるものでなくてはならないと思うのだが・・



【風評被害】

さすがに、この手のマスコミ報道は減ったようだが、ガレキ処理の受入れ拒否など、言われない風評被害をそこかしこで聞く。
東京においても、「このパン作ったの福島の人なの?」とか、東北への修学旅行を父兄が反対したとかのバカげた話がまだ出てくる。
かって、かなりの被曝をした私などは、そのような方々から「半径○○m以内に近づくな!」とか言われそうである。
こうなると人権問題だが、そのような筋論を言う人もいない。
こちらのほうが放射能よりよほど怖く、悪質だと思うのだが。



【欧米人の反応】

旧聞に属するが、事故の後、以下のような外電が結構入ってきていた。

(1)米国人記者の話
「日本人はどこまで政府や保安院、東京電力の言葉を信用しているのか。座して死を待つかのような日本人の対応はおかしい」

(2)フランスのテレビ番組で、日本在住フランス人が怒りをぶちまけた。
「ニュースでは“何の心配もいらない、大丈夫だ”と繰り返している。必要なインフォメーションは何もない。日本人はバラエティー番組を見て笑い転げている場合か?」

(3)日本滞在経験があり、パリに住むフランス人女性の話
「東京は福島からそう遠くないのに、サラリーマンは“まだ大丈夫”という意識で働き続けている。我慢強いのかもしれないが、仕事は生きるためのものでしょう? 命を落としてまで働こうなんて誰も思わない。放射能の危険にさらされても逃げないなんて、欧米人の感覚からは信じられません」

これらも全て風評被害と言えよう。
欧米人の多くには、以下のような日本蔑視思想が背景にある。
「理解不能な日本人、薄気味悪い日本人、だけど欧米以上の経済力を持つ“気に食わない”猿」
仕事上でも、嫌と言うほど味わった感想である。
この感情が、上記のような風評被害を生むと言えるのでは・・



【原子力利用の最大の問題点】

残念ながら、人類は放射性廃棄物の最終処分能力を持ち合わせていない。
科学は、未だ放射能の「中和作用」を発見していない。
反原発の科学者は、「それなのに原子力開発を押し進めてきたことが間違いなのだ」と主張している。
それはその通りである。推進派の科学者もそれは認めざるを得ない。

でも、「ならば、どうして、世界的に原子力利用の推進が容認されてきたのか。反対派の主張が主流にならなかったのか」
これらの検証が必要なのではないか。

なのに、推進派も反対派もそれをせずに、己の正しさの砦に閉じこもり、かたや「耳を貸さない」、かたや「非難するのみ」の不毛な対立の世界を作ってきた。
これが、原子力利用の最大の問題点であり、福島の事故を起こした大きな要因であると思う。

もう少し具体的に言えば、
「利用推進をしているうちに、最終処分方法が決まるさ」であったり、
「敵対する○○国に遅れを取ったらエライことになる」であったり、
「カネになる木」であったり、
なのである。

結局、最大の問題点とは、自分の立場を重視するあまりの不毛の対立や根拠のない楽観論、そして、カネにむらがる人間なのだと思う。



【対立する二つの考え】

古くから反核、反原発運動に熱心な科学者たちがいた。
アメリカのノーベル賞受賞者ライナス・ポーリングは、「核実験でつくられた放射性物質が人類に大きな遺伝子的損失をもたらす」として、人体に対する影響で反対した。

米国のA・タンプリン博士やT・コックラン博士は、プルトニウムの危険性に警告を発して、「わずか数グラムあれば3億人に肺ガンを発生させる危険がある」として、「プルトニウム防護基準を10万倍きびしくせよ」と主張した。
さらに、ピッツバーグ大のマンクーゾ博士は「低線量被曝とガン発生の間には明らかな因果関係がある」として、原発作業員の危険性を主張した。

一方、ミズーリ大のトーマス・D・ラッキー博士は、ホルミシス効果を掲げて、逆に「低線量被曝は体に好影響をもたらす」と主張した。

いったい、低レベル放射線は有害なのか、それとも逆に体に良いのか。
従来、放射線の生物への影響に関しては、「すべての放射線は、どんな低い線量でも生物に対して障害作用をもつ」と考えられてきた。
つまり、どんなに微量でも、放射線は生物学的に有害でプラスの効果はなく、被曝量と共に有害な効果が増大するとしてきた。
いわゆる、「しきい値なしの直線モデル(LNT仮説)」である。


ホルミシス論は、この見解に真っ向から異を唱える理論である。
近年、マサチューセッツ大のE・キャラブレス教授などがホルミシス効果の研究を続けているし、
日本でも、電力中央研究所、放射線医学総合研究所、東京大学、京都大学、東北大学、大阪大学、広島大学、長崎大学などの各大学で研究が行われている。
そのうち、なんらかの学説が出るかもしれない。


【マングーゾ博士の主張】

米国ハンフォードで働いた核施設労働者、約3万5000人を10年間にわたって調査したピッツバーグ大のマンクーゾ博士たちの主張を紹介する。
マンクーゾ博士たちは、1977年に「低線量被曝とガン発生の間には明らかな因果関係がある。
ガン発生の『倍加線量』は従来の値よりも二ケタないし三ケタ低い」と発表した。
ハンフォードでの調査の結果、少なくともガン死者のうち、6~7%の人は放射線被爆の結果ガンにかかって死亡したという結論まで出した。

ただし、この数字は統計上の数字であり、臨床学的な調査結果ではない。
マンクーゾは、まずガンとガン以外の死者の間の放射線被爆量に差があるかどうかを調べた。その結果が表1である。
この表での被爆線量とは、いわゆる外部被爆線量のことで、主にガンマ線と高エネルギーのベータ線による被曝である。
プルトニウム被曝のように、体内に入ったアルファ線の効果は、ここでは把握されていない。



マンクーゾは、本表から、ガンによる死者の平均被爆総量(蓄積線量)は、ガン以外の死因による死者の平均総量を上回っているとして、許容線量よりはるかに低い線量の領域で、放射線がガンを誘発すると主張した。
さらに、倍加線量という「ガンの発生率を2倍にしてしまう効果を持つ放射線量」を以下のように推定した。




日本では、統計によると、ガンの自然発生率は人口10万人に対して約120人程度と言われている。
男子の「全てのガン」の倍加線量が337シーベルトということは、ある人口集団が、たとえば「放射線関係の従事者の許容線量」の5ラド(50ミリシーベルト)ずつの放射線被爆を毎年受けていると、7年後には、ガンの発生率が人口10万人に対して倍の240人ほどになるということである。
これまで倍加線量としては、100ラド(1シーベルト=1000ミリシーベルト)という値が使われていたが、マンクーゾの調査結果によれば、それよりはるかに低い線量に設定すべきとなる。


左の写真はハンフォードの全景であるが、写真の注釈にあるような、全米屈指の放射能汚染地域である。
長崎原爆に使われたプルトニウムもここで抽出された。
それだけ古い施設であり、最盛期の時代は、放射線に対する考え方も未確立であったと思われる。
このような施設で働いていた人たちの実際の被曝線量は、マンクーゾの調査結果よりもっと多いと推定される。
この施設よりは新しい時代に福島原発で働いていた我々が、たびたび線量計を外して施設内で働いていた話は前にした。
その事実からの推測である。
ハンフォードでもそうだったとすると、マンクーゾの調査結果が持つ意味は変わってくる。



【ホルミシス効果】

マンクーゾたちの「放射線は低レベルでも有害」の反対がホルミシス論である。
ホルミシス効果とは、生物に対して通常は有害な作用を示すものが、微量かつごく一時的であれば逆に良い作用を示す可能性のある生理的刺激作用のことを指す。

放射線によるホルミシス効果は、1978年、ミズーリ大のトーマス・D・ラッキー教授が、20世紀初頭から知られていた一時的な低線量の放射線による生物の各種刺激効果を、研究原著論文の総説(レビュー)の中で使用した言葉であり、アメリカ保健物理学会誌1982年12月号に掲載された総説によって提唱された学説である。

ホルミシス理論では、少量の放射線で極大のプラス効果を持つ刺激が生じ、さらに用量を上げていくと、効果がないゼロ相当点(ZEP:zero equivalent point)に達する。
これが「しきい値」とされ、その値を超える場合にのみ有害な現象が増大する、とされている。

日本では、放射線安全研究センターで、この検証プロジェクトが行われている。
主な検証テーマは下記の通りである。
・老化抑制効果
・がん抑制効果
・生体防御機構の活性化
・遺伝子損傷修復機構の活性化
・原爆被災者の疾学調査

検討されている仮説は以下の2つである。

(1)SOD(活性酸素を不均化する酵素群)の活性化によって余分な活性酸素が消去され、「老化抑制」に寄与する。
老齢のラットは、過酸化脂質量が大きくなり、膜流動性が低くなり、SOD量が縮減されるが、約50センチグレイの低線量放射線を照射すると、上記の老化特性は改善され、若いラットの値に近づく。

細胞膜に蓄積した過酸化脂質は、高齢男性の加齢臭の原因と言われているが、これは、身体でエネルギーを燃やした一種の油粕である。
低線量放射線は、この過酸化脂質を減少させる効果があるとも言われている。

(2)リンパ球の活性化によって、生体の免疫力が高まり「ガン抑制」効果がある。
ラットを使った実験では、15センチグレイの低線量照射を一回行うことで、がん転移率が約40%下がること、また、1回当たり4センチグレイの低線量照射を行うことで、腫瘍の増殖肥大が有意に抑制されることが確認された。

では人間に対しては、どのくらいの放射線量が良いのかとなるが、ラッキー教授の研究では、自然界から受ける平均年間放射線量2.4ミリシーベルトの100倍(240ミリシーベルト)の低線量までは、むしろ人間の身体にガン抑制遺伝子P53が活性化して好影響を与えるとされている。

「ラジウム温泉」とか「ラドン温泉」、備長炭(びんちょうたん)などの効果もホルミシス効果の一種と言われている。



【我々は、どの学説を信じればよいのであろうか?】

「マンクーゾ報告」を支持する学者は、「放射線は少なければ少ないほどよい。出来ればゼロが望ましい。だから原発は廃止すべき」と主張する。
また、WHO(世界保健機構)は、たとえ低線量であっても天然ラドンなどの放射線は危険であると指摘し、このような温泉への入浴を危険視している。
(概してWHOは、放射線以外のことでも、立場上悲観論が強い傾向がある)

逆に「ホルミシス効果」を支持する学者は、「低レベル放射線は、むしろ体に良い」と主張する。
ラッキー教授は発表した小論文『原爆の健康効用』の中で、「原爆は健康を促進した面がある」とまで言い切っている。
(さすがに、それは言い過ぎとも思うが)


いったい、我々はどうしたらよいのであろうか。
一つの判断材料が、右図の「LNT仮説」である。
何度も言っているが、国際放射線防護委員会(ICRP)の「しきい値なしの直線仮説」である。
ICRPでは、100ミリシーベルトを超えた領域ではガン発生率が上昇するという臨床例があるので、この領域を「確定領域」としている。

一方、100ミリシーベルト以下の領域(低レベル領域)では臨床例が出ていない。しかし、安全サイドで考え、「確定領域」の値を比例延長させ、直線的に影響があるとする「仮定領域」としている。

反対派は、ICRPを「甘い」と批判し、放射線は微量でもガンを誘発すると主張している。
一方、ホルミシス派は、ICRPは「厳し過ぎる」と批判し、「影響がない」どころか「健康によい」と主張している。
ICRPは、この領域はあくまでも「仮定領域」であり、臨床例は出ていないので、管理の目安として「直線比例」を使っている。
でも、実際に被曝した場合は、「気にする必要はない」領域なのだと解説している。

では、以下の例を考えてみよう。
これは、講談社ブルーバックス「人は放射線になぜ弱いか」近藤宗平著からの引用である。

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「仮に50ラド(500ミリシーベルト?)被曝したとしよう。発ガンの危険率は0.5%増えると言われている。
また、子どもに遺伝病が起こる確率は0.1%だけ増える確率になる。
一方、被曝しないでも、5人の死亡のうち1人は癌で死ぬ。
だから、自然癌で死ぬ危険率は約20%である。
この危険率が50ラドの被爆で20.5%になる計算である。
しかし、放射線によって生じる癌と、自然におこる癌は区別がつかないから、癌で死んだとしても、それが放射線によって起こったか自然に起こったかは区別できない。
また、遺伝病の自然発生率は2%であるから、50ラドの被爆はこれを2.1%にする。
これは数値の上昇率としては無視できない数字だ。
しかし、遺伝病も、仮に放射線で起こったとしても自然に発病するものと区別できない。」

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これをどう考えるかは個人の自由である。
私は「マンクーゾ報告」も「ホルミシス効果」もウソではないと思っている。
ただ、両論とも結論を導くには、いかんせんデータ不足であり、データの信頼性も不足している。

自然放射線の量だって、年間平均2.4ミリシーベルトと言われているが、赤道に近い国々の人々や高度の高い国は10ミリシーベルト以上と言われている。
でも、格別ガン患者が多いというデータはない。

X線の検査は、胸部写真の場合で0.05~0.3ミリシーベルト/1枚。
肺がんにかかった知人は、毎週10枚ぐらいの写真を撮ったので、年間で約450枚×(0.05~0.3)=22.5~135ミリシーベルトを浴びた計算になる。
かなりの量だが、ガンでの死亡は免れた。

「自然の放射線と原発等から出る人工放射線は違う」と言っている学者先生がいるが、私の知識では放射線に違いはない。
どう違うのか説明して欲しい。

私の出した結論は、「どちらを信じるかは、完全に個人の問題」というものである。
原発等の施設で被曝した私であるが、この先、ガンになったとしても、
「放射線によるものかどうかは分からない。被曝したことを心配しても意味はない」
と思い、被曝したことは全然気にしていないのである。



【原発作業員は奴隷仕事を強いられてきたのか】

先のマンクーゾ博士は、「原子力産業はクリーンでもなければ、安全でもありません。
それは殺人産業といっていいでしょう」と原子力産業を激しく非難している。
たしかにハンフォードはひどすぎる場所である。
調査したマンクーゾ等が「ひどい」と感じ、「殺人産業」とまで言ったのも理解できる。
しかし、それは感情論である。この言葉で、私は博士の調査は説得力を損なったと思っている。
淡々と、私見なしの調査結果を公表するだけで良かったはずである。
まるで、ナチスの強制収容所と同じだと誤解を生む言葉だからである。

今回の福島の事故においても、以下のような意見がマスコミ各紙に載った。
「福島の現場での作業は、非常に重要であるのは間違いがない。しかし、いきなり“政治的な判断”で、マンクーゾたちの実証的な調査で指摘されている倍加線量に近い値を、「緊急」の名の元に、我々と同じ人間である現場の労働者の方に強いる権利は、誰にもない。」

「こうなったら、現場の作業は一人当たりの線量を抑えた人海戦術しかないのだ。それは、堀江邦夫さんの『原発ジプシー』でも十分に分かることである。少なくとも、100ミリシーベルトという従来の設定に戻し、足らない人員をなんとか確保しないことには、放射線を浴び続けている一人一人の現場の人たちに申し訳ないではないか。彼らは、文字通り、“命を削っている”のだ」


私が原発で働いてきた経験から、また、今も福島原発で収束作業に当たっている作業員から聞いた話から判断するに、上記の評論は「大げさ」の一言である。
これでは、原発作業に携わっている作業員は、強制的に徴用され、危険な作業を無理強いされていると言わんばかりである。
作業者の中には、外部の人に愚痴を言ったり、誇張して喋る人たちがいる。
これをマスコミや人権派のライターが、さらに誇張して世間に流す。
私自身の体験を含めて「私の知る範囲」という限定付きだが、強制徴用も、命を削るような強制労働もないと断言する。
もちろん、カネのため、渋々という人はいるだろうが、それとて本人の意思である。

私も、「会社命令」で原発内で仕事をしていたが、強制ではない。
勿論カネでもない(なんといっても250円/1日でしたから)。
「興味があった」、「面白い仕事と思った」。これが最大の動機であった。
一緒に働いていた仲間も、一般の作業員も、「仕事だから当然」と、別に構えた風もなく仕事をしていた。
つまり、全ては、当人の自由意思で働いていたのである。

悲観論、反対論一色の今の日本に危惧をおぼえ、少しでも肯定的な意見を言うと袋叩きにされる今の風潮に警鐘を鳴らしたいです。


講師には、ずいぶん思い切ったことを言ってもらいました。
マスコミもネットも、被曝という言葉を、ことさら大げさに取り上げすぎとも言っていました。
本コーナーでは、推進論、反対論を出来るだけ公平に紹介した上で、講師の意見を述べてもらっています。
でも、最終判断するのは、読者のみなさま個人個人なのです。
賛成、反対という予見を持たずに読んでいただくことが一番良いことと思っています。

次回は、原発行政について、解説を行ってもらう予定です。
これについては「問題だらけ」ということですから、ぜひお読みください。