第29回:トミー・ジョン手術

2012.06.12



2012年6月10日は、大リーグ・レッドソックスに所属する松坂大輔投手にとって「忘れられない一日」になったじゃろう。
ワシが説明するまでもないな。
肘の靭帯移植手術からおよそ1年、
松坂投手は、ついに大リーグのマウンドに帰ってきた。
惜しくも試合には負けたが、現時点では精一杯の投球じゃったろう。
今後の活躍に期待する。


写真引用:共同

ところで、きょうは、普段の稽古を一休みして、松坂投手が受けた肘の靭帯移植手術、通称「トミー・ジョン手術」について勉強しようと思うのじゃ。
今回は、ワシではなく、今年全く同じ手術を受け、現在リハビリ中のHALの社長に語ってもらおう。
それでは。

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【トミー・ジョン手術】
松坂投手のおかげ(?)で、すっかり有名になったトミー・ジョン手術。
この手術の名前が、考案者のフランク・ジョーブ博士ではなく、1974年に最初にこの手術を受けたトミー・ジョン投手にちなんでいるのは有名な話ですね。

今では成功率90%と言われるこの手術も、当時は成功率1%と言われていました。
トミー・ジョン投手の勇気というより、「マウンドに帰ってくる」という強い意志に感銘を覚えます。


マウンド上のトミー・ジョン投手
引用:Mr.Kのぼやき

というのも、私も今年(2012年3月)、同じ手術を受けたからです。
この手術にご興味のある方は、ちょっとお付き合いください。


◆負傷
私の場合は、登山中に転倒して、左腕肘(ひじ)の靭帯を切断しました。
その時は、外傷がひどく左腕全体が壊死しかけました。
負傷時の写真をお見せしたいのですが、あまりにもひどい写真なので、掲載は諦めます。

腕全体が内出血により真っ黒に変色しました。
この出血の内圧で、腕はプロレスラー並みに膨れ上がりました。
正直な話、あまりの痛さに「腕を切り落としてくれ」と叫びそうになったくらいです。


◆靭帯損傷が判明
この状態では手術のしようもなく、1ヶ月は安静状態でした。
幸い壊死は免れましたが、肘が横へずれる症状が出て、「ストレステスト」を受けました。
原発のテストと同じ名前ですが、腕に対し真横にストレス(外力)を掛け、骨のズレ具合をX線撮影するという診断方法です。(ちなみに、すごく痛かったです)

その結果、肘の「内側側副靭帯」が切れていることが分かりました。


◆どんなスポーツで損傷が多いのか
やはり、野球の投球動作が多いようです。
特に「オーバースローによるカーブ」がよくないと言われています。
その他には、柔道の背負い投げやの固め技、アームレスリングのような、肘の内側にストレスをかけるスポーツが危ないそうです。
私の場合は、転倒を避けようと伸ばした左腕が岩に挟まれ、そのまま肘が外側に伸ばされた状態で前へ投げ出されました。
ちょうど、腕を逆に取られて背負い投げをくらったようなものです。
「ゲッ・ゲッ!」でしたね。


◇移植による再建手術を決意
こうなると、他の部位から正常な腱(けん)を移植する再建手術(つまり、トミー・ジョン手術)しか方法は無いとのことでした。


◇トミー・ジョン手術とは、どんな手術?
医学的には「尺側側副靭帯(しゃくがわ・そくふく・じんたい)再建術」と呼ばれるこの手術は、他の腕や臀部(つまり、お尻)、あるいは膝など身体の他の部位から腱を採取し、肘の内側の靭帯をそれで置き換えるという移植手術です。
私の場合、怪我したのと同じ左腕の手首の靭帯を切り取り、移植しました。
野球の投手の場合は、利き腕と反対の手(右腕投手なら、左手)の腱を使いますが、私は利き腕ではない左腕を負傷したので、同じ左の手首から移植しました。



ここで、疑問が湧くでしょうね。
「手首の腱を切り取ったら、手首が動かなくなるのでは?」と。
病院の先生が仰るには、
「大丈夫です。この腱は使われていない腱なので、支障はありません」とのこと。
人間の体には、このように、今は使われなくなった腱や血管が結構あるそうです。
要するに、スペアというわけです。
とても勉強になりました。

左の写真は、腱を切り取った後の左手、右の写真は、正常な右手です。



※移植の手順

◇手術後


手術が成功しても、大変なのはそれからです。
私の場合、3日間は安静で入院していました。
その後、自宅療養を経て、腕の腫れが引いた後(2週間ぐらい)ギブスで固定しました。
それから1ヶ月弱で右の写真のような保護具になり、今に至っています(2ヶ月半ぐらい)。
この保護具には金属のちょうつがいが付いて、前後に動かすことだけ可能です。

「サイボーグみたい!」と、人によく言われますが、
私は「鋼の年金術師だ」と言い、家族から呆れられています。
コミックファンでないと、このギャグは分かりませんね。
お子さんがいたら、聞いてください。


◇リハビリ


リハビリは、手術翌日から始まりました。
と言っても指先からでしたが・・
今は、毎週、病院で保護具を外してリハビリを受けています。
日常では、病院で教わる同じリハビリを毎日、自主的に行っています。
かなり“きつい”ですが、耐えて必死にリハビリに励んでいます。

移植した腱が靱帯として患部に定着するまでには時間がかかります。
最初の2ヶ月は、ひじの可動域を元に戻していくトレーニングです。
今は、軽めのウェイト・トレーニングを開始。徐々にウェイトの量を増やしていっています。
並行して、腕全体を強化するための様々なトレーニングもおこなっています。
(右図の腕全体の筋肉の回復です)

登山復帰は、6ヵ月後の9月を目標にしています(家族や社員には内緒ですが・・)。

プロの投手の場合、目安としてキャッチボールまで4~5ヶ月、復帰まで1~1.5年と言われています。
しかし、かなり個人差があるようで、復帰まで4~5年かかったケースもあるようです。
最初のトミー・ジョン投手は、2年でメジャーのマウンドに帰ってきました。


◇元の木阿弥
リハビリが順調に進み、「もう大丈夫」と思って無理をすると、移植した腱が抜け、元の木阿弥に戻ってしまう怖さがあります。
リハビリ・トレーナーの方の指示の下、努力の継続と我慢の併用という難しいバランスを保っていくことが肝心です。
とにかく「焦りは禁物」ですね。


◇最初にこの手術を受けた日本人
日本で最初にこの手術を受けたのは、元ロッテオリオンズの村田 兆治(むらた ちょうじ)投手です。
復活してからは、「サンデー兆治」として日曜日ごとに活躍した雄姿を懐かしく思うファンの方もいらっしゃるでしょう。
大リーグの投手は、9人に一人の割合でこの手術を受けていると言われます。
日本人ではオリオールズの和田投手や巨人の久保投手も、今年この手術を受けました。
「頑張って復活してください」と、心からのエールを送ります。


◇新たな問題
最初の「成功率1%未満」が、今では完全復活する割合、約90%と言われています。
しかし、近年、日本で手術を受けている野球選手の半数は、「肘を怪我していない」大学生や高校生だと言います。
どうしてでしょうか。
実は、この手術後に、投手の球速が、約3~6km/hほど上がった例が多いからなんです。
だけど、これらの若年選手は、厳しいリハビリに耐えられず脱落する率が高いと言われます。
結果として、高校生の手術成功率は74%にとどまるそうです。
このようなバカげた行為は、即刻、禁止すべきではないでしょうか。


◇最後に
1976年にメジャーに復帰したトミー・ジョン投手。
この年は10勝10敗、防御率3.09で、カムバック賞、ハッチ賞を受賞しました。
翌年の1977年には自己最高の20勝を挙げ、ニューヨーク・ヤンキースに移籍した1979年からは2年連続20勝以上を記録するなどしました。
松坂投手も、復活した今年より来年のほうが楽しみかもしれません。

2012年現在、68歳のトミー・ジョン氏の言葉で締めくくります。
「この手術で完全試合も達成できるということがわかっていたなら、私はもっと必死に努力していたことでしょう」
これは、勿論ジョークだが、彼がこの手術について話すときには、躊躇なく Tommy John 手術と呼ぶ。
この手術が自分の名前で呼ばれるのは名誉なことであると本人は言っています。

怪我からの劇的な復活劇から、付いたあだ名は「バイオニック・トミー」。