第26回:科学と哲学

2011.02.07

今回の稽古は、少々難しいテーマを扱うぞ。
心して道場にまいれ!

科学と哲学は、全く違う学問と思う諸君もおろう
だが、両者は深い関係にあるんじゃよ。

前の稽古で、
アインシュタインが、熱心なキリスト教信者であったこと、
そのことが彼の原動力じゃったが、逆に不遇をもたらしたこと。
そんなことも学んだ。

今回の稽古では、科学者でもあり、哲学者でもあった、
パスカルを取り上げよう。


ブレーズ・パスカルは、1623年生まれじゃから、
日本では江戸時代初期にあたる時代の人じゃな。

諸君は、中学で「パスカルの法則」なるものを習ったじゃろう。
本道場の塾生なら、「覚えていない!」などとは言わせんぞ!


そこの君!
パスカルの法則とは何ぞな?
答えてくれんか。

うん、そうじゃ。「圧力の伝搬法則」じゃな。

このように、多くの人には、『科学者パスカル』のイメージが強いと思う。

一方、哲学を学んだ者は、
彼の著「パンセ」を思い起こすかもしれんな。
つまり、『哲学者パスカル』である。

パンセを知らん者でも、次の言葉は知っておろう。
「人間は考える葦(あし)である」
「考える」ことが、人間であることの証(あかし)と、
わしは解釈しとるがの。

さて、その後ろの君!
もうひとつ、パンセでパスカルが語っている有名な言葉を答えてくれんか。

なに? 分からんと・・

「渇!」と言いたいところだが、まあ、ええ~だろう。

「クレオパトラの鼻がもう少し低かったなら・・・」と聞けば、
「あ~、それなら・・」と言うじゃろう。

それほど有名な言葉じゃが、
「パンセ」には、こう書いてある。

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クレオパトラの鼻、それがもう少し低かったら、大地の全表面は変わっていたであろう。
空虚。―恋愛の原因と結果。クレオパトラ。
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さて、パスカルはこの文章で何を言おうとしたのであろうか。
ちょっと考えてみてくれ。

なに、
「クレオパトラが、いかに絶世の美女であったかを言いたかった」じゃと・・

それこそ「渇!」じゃな。

パスカルともあろう人が、
そんな俗世的なことを言うわけがないじゃろ。
哲学的解釈は以下のように言われておる。

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人間の本質は、絶対的指針を持たない、
相対的な儚い(はかない)ものなのだ。
恋愛の原因と結果との関係がその良い例であろう。
そこに絶対的な真理などはない。
それなのに、しかし、クレオパトラの鼻が低かったら、
彼女を取り巻く恋愛劇は起きずに、世界の歴史が変わっていたかもしれないのだ。
はあ~、人間とは・・・
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となるわけじゃな。
このように、彼は哲学者でもあった。
というより、科学と哲学が相互作用を及ぼし、一体化した人間といえよう。

さて、科学者としての彼に戻ってみよう。
彼は、幼少の頃から天才ぶりを発揮していた。
10歳にも満たない年で、「三角形の内角の和」が180度である事や、
1からnまでの和が(1+n)n/2である事を自力で証明して見せたと言われている。

どうじゃな、君は証明できるかな?

なにより、特筆すべきは、
現代のコンピュータの基礎を作ったことじゃろう。
下の写真を見て欲しい。
 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これが何か分かるかな?
続きは次回として、それまで考えておいてくれ。